とりとめないけれど

近見 竹彦

近見 竹彦
(顧問)

おしゃべり社長の多岐にわたる興味ごとをお伝えしていきます。日々の小さな気づきから仕事のダイナミズムまで、とりとめないけれどハッとする、そんなことがお話できればと思います。

創立記念日を前に ~私の履歴書 前篇~

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早くも9月になりましたね。わが社にとって9月は、上半期を締めくくる繁忙期であり、創立記念日(9月20日)を迎えるひとつの節目の時期でもあります。そこで今回は、創立記念日を迎えるにあたり、少し我が身を振り返ってみようと思います。

私が電通PRで創立記念日を迎えるのは今年で2度目。それまでは電通で、官公庁および公的団体の担当営業を務めていました。入社は昭和52年。官公庁の担当になったのは55年の終わりから電通PRに来るまでですから、約30年間も担当していたことになります。

30年の間には、選挙サポートや、海外での博覧会など、数々の貴重な仕事を経験させてもらいましたが、なんといっても記憶に残っているのが国鉄民営化のプロジェクトです。丸の内の地下会議室に、来る日も来る日も朝から晩までこもって会議漬け。かと思えば、当時の橋本龍太郎運輸大臣に新しいロゴマーク案を見ていただくため、正月三が日も明けないうちに、カラー出力のできるお店を駆けずり回って探したこともありましたっけ。その頃の苦労話はつきません。国鉄本社の一階に掲げてあった「民営化まであと○日」という日めくりカレンダーがちっとも進まない気がして、毎日恨めしい気持ちで見上げていました。だから、昭和62年4月1日の民営化当日を無事に迎えられた時は本当に嬉しかったですね。

一方で、若かった私には葛藤もありました。広告代理店に入ったからには、洗練されたクリエイティブや、ダイナミックなメディアプラン、誰もが「あぁ知っている」と言うような広告やスポーツイベントに関わりたいと思っていましたが、官公庁・公的団体の担当では、それは夢のまた夢。というのも、政府のコミュニケーションは保守・公平。ターゲットは全国民。特定の世代にささるような、いわゆる尖ったコミュニケーションはほとんど必要ありませんでした。

だから、大手の民間企業を担当し、マーケティング戦略を練ってカッコいい広告を作っている同期をうらやましく思ったことも数え切れません。でも今思えば、この官公庁・公的団体の担当経験こそ、現在につながる貴重な体験だったのです。

というのも、官公庁や公的団体のコミュニケーションは、「マーケティング視点」よりも「広報視点」が重要。複雑な政策を国民のみなさんに理解してもらうには、15秒や30秒のCMよりも、新聞やテレビで特集してもらうほうがわかりやすいし、公的団体が民営化する時などは、職員の意識改革を促すためのインターナルコミュニケーションや、リブランディングのためのCI開発など、様々なステークホルダー間におけるPR(パブリックリレーションズ)活動が必要です。30年間、広告でできることとPRでできることを模索し続けるうちに、いつのまにかPRの可能性とあいまいさ、なんでも作れる面白さ、仕掛けややり方の自由さに、広告に勝るとも劣らぬ魅力を感じるようになっていました。

そこへ舞い込んだのが、電通PRの社長就任話。思えば、55年からずっと、「PRの入口」に立っているような気がしていた私に、その扉の中に入るチャンスが訪れたのです。願ったりかなったりのPR道を極める絶好の機会。二つ返事で社長就任をお引き受けすることにしました。(後半に続く)