とりとめないけれど

近見 竹彦

近見 竹彦
(顧問)

おしゃべり社長の多岐にわたる興味ごとをお伝えしていきます。日々の小さな気づきから仕事のダイナミズムまで、とりとめないけれどハッとする、そんなことがお話できればと思います。

熱の夜の夢

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先日、インフルエンザにかかりました。あれほど周りから言われていたのに、会議に追われ予防接種を受け損ねたのが原因です。予防接種をしていてもかかることもあるそうですが、その場合は症状が軽くて済むとのこと。前述のとおり、私は免疫ゼロですから、39度の高熱が丸二日も続いて、それはそれは大変な日々を過ごしました。

最も辛かったのが睡眠です。ぐっすり眠ることができれば治りも早かったのかもしれませんが、熱にうかされて眠りが浅く、15分から30分おきに夢を見ました。その夢がこれまた曲者で、記憶の隙間を突くような、ちっともいい内容ではないのです。

そもそも、人は自分の体験したこと全てを正確に記憶しているわけではありません。合間、合間の自分にとって嫌な部分や都合の悪いところは自然と削ぎ落し、自分にとっていいところしか記憶しないようにする習性が人にはあると思うのです。少なくとも私はそういう傾向にあるのですが、この熱の夜に見る夢たちときたら、その削ぎ落したはずの部分をご丁寧にも掘り起こしてくるのです。

無論、すでに“忘れている”ことなので、掘り起こされた内容が事実なのかどうかは確かではないのですが、「雨月物語」の一篇「浅茅が宿」のごとく、過去が冷たく僕を責める、という具合に、消し去ったはずの過去の記憶が頭の中を跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)し、妙に私を物憂げな気分にさせるのです。ですから、寝ても覚めてもグッタリ。熱のせいなのか、夢のせいなのか、目が覚めるたびに汗だくになっていました。

しかし、考えてみれば物事には光と影がつきものです。いつも「光」、つまり「いい面」に目を向け、自分にとって「都合のいい理解」をしがちな私に、脳が「そうじゃないだろ」「こういう影の部分もあるぞ」と、熱に乗じて警告しに来たのかもしれません。熱が引いて、すっかり元通りになった今も「あのことは、本当はどうだったのか」とか、「このことは忘れないように肝に銘じておこう」とか、少し意識が変わったように思います。大人になると、反省を促すような指摘をしてくれる人は少なくなりがちです。それを思えば、たまには熱にうなされて、脳の忠告を受けるのも悪くないかもしれません。悪くない、悪くはないですが、やはりぐっすり眠れるのが一番。来年は、何はなくとも、予防接種だけは受けようと思います。