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「便利さ」の裏側にあるもの
『便利さの裏側にあるものの一考察』。これは、私の卒業論文のタイトルです。
1978年卒論を作成した当時、ワープロという機械はなく万年筆で原稿を書いていました。また、コピーも普及していなかったので(まだ“青焼き”の時代でした)、学校に提出したこの卒論は、いま手元にありません。
内容は、とても論文といえる代物ではなく、エッセーに毛の生えた程度のものだったと思います。けれど、この卒論で試みた「多様な視点から社会を見ること」について、指導教授の三和良一先生(専門:日本経済史)にとても評価していただき、これをきっかけとして大学院への進学を決意しました。
世の中、どんどん便利になり、物質的には豊かになったけれど、その裏側で大事なもの、大切なものを失っているのではないか、これを経済史的な視点で捉えるとどのような見方ができるのか、ということをこの卒論でまとめた、と記憶しています。
歴史的な事象についても、現代のさまざま出来事についても、ひとつの方向だけから光をあてるのではなく、多面的に捉えることの重要性を伝えたかったんだと思います。物事を捉えるときのこの姿勢は、その後も私の基本的なスタイルになっています。
憶えていらっしゃる方も多いと思いますが、作家の村上春樹さんが、今年の6月のカタルーニャ国際賞の授賞式で『効率』ということに対して疑問を投げかけ、話題となりました。今回の原発事故の根本的問題として、村上さんはこの「効率」重視の社会を指摘しました。
その講演録を読んだとき、僭越ながら私の卒論を思い出したのです。一般的に「良い」とされていることでも、いま一度、自分自身で別の視点から再確認する。3.11後のこの時期だからこそ、非常に重要なことだと思います。
前回このブログを書いてから、4ヶ月も経ってしまいました。この間に4回被災地を訪れ、仙台市、東松島市、石巻市、女川町などの街を実際に歩きました。その光景は、私が55年生きてきて、見たこともないものでした。
それから、被災地のたくさんの人からお話しをうかがいました。インタビューで涙を流すことは、初めての経験でした。あまりのインパクトで、まだまだ、自分の中でも整理できていません。けれど、この3.11が、“日本の大きな転換点である”ということだけは、確かであると思います。
今年の9月20日、当社は50周年を迎えます。まったく偶然ですが、この大転換の年に創業50周年という大きな節目を迎えるわけです。われわれは、この大きな変化にいろいろな角度から光をあて、パブリックリレーションズのプロとしての想像力をもって、新しいコミュニケーションのあり方を提案していきたい、と思います。
【花上/最近一ヶ月のインプット】
◎ 街歩き
目白~佐伯祐三アトリエ~落合周辺
東京スカイツリー周辺 墨田公園~牛島神社~三囲神社~鳩の街通り
日本庭園シリーズ(花上オリジナルコース)
小石川後楽園、六義園、横浜三渓園、向島百花園、根津美術館庭園
◎ 美術展覧会
「パウル・クレー展 ―おわらないアトリエ―」(東京国立近代美術館)
「名和晃平展 ―シンセサス―」(東京都現代美術館)
「フレデリック・バック展 ―木を植えた男―」(東京都現代美術館)
「礒江毅展 ―グスタフ・イソエ―」(練馬区立美術館)
「肥前磁器の華 ~伊万里 柿右衛門 鍋島~」(根津美術館)
◎ その他展覧会
「日本における辞書の歩み ~知の森への道をたどる~」(静嘉堂文庫)
「東京の交通100年博」(江戸東京博物館)
「鰻博覧会 ~この不思議なるもの~」(東京大学総合研究博物館)
◎ 映 画
「アンダルシア」(真保裕一原作 織田裕二主演)
「スーパー 8(エイト)」(スティーブン・スピルバーグ製作)
「127時間」(本年度アカデミー賞6部門ノミネート)
「コクリコ坂から」(スタジオジブリ最新作 宮崎吾朗監督)
◎ 読 書
「復興の精神 ~“これから”をどう考えるか~」(新潮社刊)
「三低主義」(隈研吾 + 三浦展著 NTT出版)
「働かないアリに意義がある」(長谷川英祐著 メディアファクトリー)
「ふたたび ここから~東日本大震災・石巻の人たちの50日間」(池上正樹著 ポプラ社)
「富士山噴火」(鎌田浩毅著 講談社ブルーバックス)






