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太田 浩嗣

太田 浩嗣
(取締役常務執行役員)

日々新しいソリューションが生まれるマーケティングPRのダイナミズムを共有できればと思います。日々生涯最高のソリューションを!共に悩み、新しい価値創造にお付き合いください。

Love me do

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日本経済新聞のコラム春秋の、「愛すべき不良たちが初めてレコードを出したのが、50年前のきょう(10月5日)である。A面はLove me do」との一文に目を留めました。奇しくも50年前の同じ日に、私はこの世に生まれました。ビートルズのリアル世代ではない私はそれほど彼らの楽曲に詳しいわけではありませんが、中でも好きなのが”Twist and shout”と”Love me do”なのです。

今年の夏を盛り上げたロンドン五輪の開会式では、ポールマッカートニーが”Hey jude”を熱唱したのも記憶に新しいところです。日本時間の明け方から始まった開会式は、それは長時間にわたるもので、早起きがたたって眠気がさしたころに、彼の歌声が飛び込んできました。今年70歳のポールは、その年齢を感じさせないカッコよさ。眠気も吹っ飛び、朝から♪Hey jude~♪と夫婦で歌ったのでした。


会社に入ったのは、大学新卒の23歳。その頃は、早く30歳になりたかった事を覚えています。仕事先で、1日も早く一人前に見られるために、年齢が必要だと信じていたからです。29歳最後の夜は、いよいよ30歳になれるとウキウキしていました。実際のところ、29歳の半分を過ぎたころから、人に歳を聞かれれば「30歳です」と言っていたような。

しかし、40歳になる時は少し違う思いがありました。完全にこれでおじさん方面の仲間入りだなと。40にして惑わず、不惑のラグビーチームの先輩が「待ってました」とばかりに連絡をくれたことを思い出します。そして、このたび50歳を迎えたわけです。若いころ、年齢が必要と信じていた私ですが、今はプランニングの鮮度を保つために「“若さ”こそが財産」と宗旨替えをしたのは言うまでもありません。

かつて、私の上司だった部長は「PRパーソンは、40歳が定年だ。体力の問題ではなく発想力の問題だ」とPR40歳定年説を、飲むたびに説いていました。まだまだ、賞味期限を過ぎるわけにはいかないで、若いプランナーと正面から勝負できるように脳を磨かねば。

50歳のプランナーを、Love me do.