「自反而縮雖千萬人吾往矣」

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中国の儒学者、孟子が師である孔子に「大勇とは」(本当の勇気、真の勇気とはどのようなことでしょうか)と尋ねたそうです。すると孔子は「自ら反りみて縮からずんば、褐寛博といえども、吾惴れざらんや。自ら反りみて縮くんば、千万人といえども吾往かむ。」と答えたそうです。これは、「自らを省みて正しくないとわかれば、たとえ相手がとるにたらないものであっても恐れてしまう。自らを省みて、正しいと確信できたのであれば、千万の敵であろうと恐れずに立ち向かって行く。」という意味だそうです。日ごろ、世論に流され、大衆に迎合し、会社では多数派の意見に巻かれていく自分を省みると恥かしくなるばかりです。 

諏訪清陵高校の校舎にかけられた校是の垂れ幕

この後半の言葉、「自ら反りみて縮くんば、千万人といえども吾往かむ」は、私の母校、長野県諏訪清陵高校の校是でもあります。校舎の壁面には、「自反而縮雖千萬人吾往矣」と大きく書かれた垂幕が掲げられ、私たちはその言葉を胸に刻み込みながら、青春の日々を過ごしていました。諏訪清陵は自主独立の気風を持った学校で、「談論会」「試胆会」「校歌指導」など多くの行事を通じて、私の人間形成にも影響を及ぼしています。

中でも「校歌指導」には熾烈な印象が残っています。上級生が下級生に校歌を暗唱させるのですが、我が母校の校歌は第一校歌が八番、第二校歌が十番まであり、歌い終わるのに15分はかかる代物でした。諳んじている歌詞は難解で、その意味を正確に説明できるものではありませんが、今でも、魑魅魍魎が集う混沌とした会議の最中に、酒を飲んで一人家に帰る深夜の道すがら、ふとその一節が私の脳裏をよぎるのです。

「ああ博浪の槌とりて 打破せむ腐鼠の奴ばらが 弥生半ばのこの夢を」

「朱曦八荒を照らすとき 芙蓉峰頭一点の 理想の花の咲かむまで」

広報の助言業務をしながら思うのは、企業は社会の公器だということです。多くの経営者が、株主への見栄えのため、自己の保身のため、短期的な利益に囚われ、経営の道を踏み外していきます。長期的持続的成長を目指し、全ての利害関係者が共有できる目標を掲げ、社会的価値を高めるために、千万の敵がいようとも立ち向かっていくのが正しい道なのです。

 今日6月3日は、私の息子の5歳の誕生日です。名前は「大勇」といいます。

         ※写真は長野県諏訪清陵高校からご提供いただきました。