母の眼差し

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妻がブログにこんなことを書いていました。

『テラスの上をたまたま歩いていた一匹の蟻さん。
息子「この蟻さんつかまえてもいい?」、私「いいよ」、
息子「この蟻さん飼ってもいい?」、私「・・・いいけど・・」、
そんなやり取りの後、大喜びの息子「名前は蟻っちにした!」
「蟻っち、蟻っち」と大変可愛がって遊んでおりましたが、
しばらくすると「あれ~・・・、蟻っち寝ちゃったのかなぁ、動かないよぉ・・」と息子、
嫌な予感が的中してしまいました。(中略)
息子昨晩より発熱。おかげで私の個人的な予定はずれまくりましたが、
一応誰にも迷惑はおかけせずに済み、息子の看病ができるのでした。
いつもより百倍おとなしい息子にゆっくり紙芝居なんかを読んであげたり、
それはそれで貴重な時間を過ごせたのかも、
そんな風に思えば 今日も有意義な一日でした。』
息子はよく熱を出します。扁桃腺が腫れて、ものを飲み込むと喉が痛いので何も食べずにじっと寝ています。私も小さい頃よく扁桃炎になったので、よく似た親子ということです。

多くのベンチャー企業もエンジェル(援助者)の温かい目に見守られながら誕生します。しかしいったんビジネスが動き始めれば、ステークホルダーの厳しい要求にさらされることとなります。ましてや上場企業ともなればその存在は公的(パブリック)なものであり、社会の厳しい監視の中におかれるのです。法的あるいはガバナンス上正しいだけではなく、企業市民として社会の一員として、社会規範や社会常識の中で生きていかなくてはなりません。それができない企業はどんなに素晴らしいビジネスモデルを築いていても、やがて社会の表舞台から消えていくのです。

私が通っていた幼稚園の「母親日記」という文集に、似たような母の文章がありました。

『今日はお祭りで、外に出ると浴衣姿の子供たちが元気にはしゃいでいます。熱を出して寝ている長男は、お店でもらって来た風船を上げたりおろしたり、寝床の中で長い間遊んでいましたが「お母さん、風船が上がらなくなったよ」と言います。さっきまでは天井にとどいていた風船が、部屋の真ん中に浮いていました。「力がなくなったからはやく外に出してとばしてやる」と言うので「もう外に出してもとばないからそばにおいてあげな」と言いながら(この子も外に出たいんだな・・・どうしてこんなに弱いのか・・・)と、それからそれを悲観的に考え出し「ねえ、今度なおったら、あれもいやこれもいやと言わずに、なんでも食べなきゃ大きくなれないよ」とぐちっぽく子供に言い聞かせながら、自分も小さい頃同じように母に言われたことを思い出しました。(中略)

どなたかこのような子供を丈夫に育てた経験がありましたらどうぞお教えください。』

いつの時代も、子供を見る母の眼差しは温かく、そしてどこか切ないものです。