ネット選挙を考える
~昨夏、アントニオ猪木氏の「ネット選挙」を例として~

印刷

SHARE

  • Facebook
  • Twitter
  • Tumblr
  • Linked In
  • Mail

Blog

現在、衆議院議員選挙が行われているが、昨年の参議院選挙から導入された「ネット選挙」に対する国民やメディアの関心はすっかり落ち着いてしまったようだ。ひとつには、今回の選挙は各党の間で明確な争点がないため、争点選挙(イシューボーティング)の迫力がないせいもあるだろう。また、昨夏の参議院選挙で、思ったよりもネットを参考にして投票した有権者が少なかったこともあるだろう。

昨年のネット選挙は第1回ということでメディアの注目を集めた。選挙後にさまざまな総括がなされたが、なかでもアントニオ猪木氏のネット選挙は、テレビ番組で「最も成功したネット選挙」として特集されるなど、メディアや関係者からの評価が高かった。猪木氏の選挙を他の候補が真似することはなかなか難しいが、今回の衆議院選挙、そしてこれからの選挙でも参考になる点があると考えられるため、キーポイントを「猪木語録」を基に論じたい。猪木氏が現役時代、20年間にわたって金曜夜8時のゴールデンタイムで20%の視聴率をたたき出してきたのは、その実力・人気だけが理由ではない。自分をプロデュースしていくコミュニケーション力に長けた天才的なPRパーソンだからでもあるのだ。そして、ここには、実は企業のPR戦略・戦術に役立つヒントもある。

まず・・・選挙は祭りごと(政)~ 大衆の息づかいを感じろ

理想論的・建前論的には、候補者は自らの考える政策を有権者に提示し、それに賛同した者が一票を投じることが選挙である。しかし、浮動票が多くを占める現代の選挙では、一般的に候補者の唱える政策をいちいち見たり、読んだり、調べたりして投票を行うことは少なくなってきている。どこの演説会場でも同じような話をしても、1分も聞いたら、すぐに通行人は通りすぎてしまうのがオチだ。人前で演説すれば、候補者の自己満足は高くなるだろう。しかし、それが票に結びつくとは限らないのである。重要なことは、その場その場の一期一会で大衆の聞きたいこと、空気感を敏感に感じとって、「この人っていいな!よし入れよう」と思わせるアクションを起こさせることだ。選挙カーの上で滔々としゃべっているだけでなく、車を降りて、時には(スタッフの制止を振り切って)大衆の中に飛び込んで行くことも息づかいを感じるためには必要なことである。

1. 選挙でのメッセージは、環状8号線、16号線に届かせろ

日頃、国民はその日その日の生活に一生懸命で、政治に関心などあまり持っていない。自分の名前や発言を国民が知っていると思うのは、政治家の勘違いである。猪木流の表現では、「プロレスの興行を行う時に、1500人規模の後楽園ホールならプロレスファンに向けたプロモーションをすればよい。具体的には、プロレス雑誌に載ればいいだろう。1万人規模の両国国技館や日本武道館なら、スポーツ紙やスポーツ雑誌に載ればいいだろう。しかし、5万人クラスの東京ドームなら朝毎読やテレビで取り上げてもらわないと超満員にはならない。つまり、(東京で言うと)環状6号線(山手通り)の内側に届くだけのメッセージではだめで、環状8号、16号にまで到達するようなコミュニケーションを考えなければだめなのだ」。

選挙も同様で、(一般の)政治家の発言など、日常的には支援者や身内にしか届いていない。一票を入れてもらい、当選するためには、大衆に届かせる仕掛け、コミュニケーションが必要なのである。 昨年のネット選挙で、各候補が勘違いしたのは、YouTubeで毎日30分も1時間もしゃべったら有権者は聞いてくれるはずだと思い込んでしまったことだ。環状6号線の内側の信奉者は聞いてくれるかもしれないが、多くの有権者(とくに浮動票)は気づきもしないだろう。

実際、今の世の中、モバイルで情報へアクセスする人が多いためか、動画よりもスチールの方がはるかにアクセス数や「いいね!」「リツイート」などが多い。猪木選挙では、最初の数日でこういうことがわかってから、スチールを中心に短いメッセージを頻繁にソーシャルメディアを通じて発信し、より広く拡散するようにしたという。

これって、企業が作るコーポレートサイトと似ていないか? ディスクロージャーという意味合いはあるだろうが、ステークホルダーにリーチしなければ、自己満足で終わるのである。

2. 渦を巻く選挙を展開しろ

仮に候補者が街頭演説をしていて、そこがガラガラだったら誰しも「この候補は人気ねぇな」と思うだろう。いくらアントニオ猪木氏がスーパースターでも、そこに10人しか人が住んでいなかったら、11人集めることはできないのである。選挙活動では、とにかく人を寄せること、人を寄せるということは、メディアが注目するということだ。超満員の人の前に立たなければ「この候補は勢いがあるな」とは思われないのだ。 では、どうするか。1ヵ所にいて、魚が寄ってくるのを待つというヘラブナ釣りのスタイル。魚がいるところを探して、動き回るというブラックバス釣りのスタイル。極論すると選挙は魚釣りのスタイルにも似ている。候補者の選挙区の特性によって、違いはあるだろうが、自ら人が集まっているところに飛び込んで行って、サプライズ感を出す。渋谷の109前を猪木氏が歩いていたら、「あれ、なんでこんなところに猪木がいるの?」となり、大騒ぎになる。猪木氏を見た人は、写真を撮って、Twitterでどんどんつぶやくことになる。ここに大衆の中で自発的なコミュニケーションが発生する。

渦を巻く猪木氏の選挙

3. リアルの場とネットの融合・相乗効果を

昨年の猪木氏のネット選挙では、Twitter、Facebookのソーシャルメディアを徹底的に活用している。街頭演説・遊説に興味を持ってもらったり、街角で猪木氏を追っかけてもらうために、これから行く場所を、Twitterで頻繁に告知。通称「猪木を探せ!」として、ゲーム感覚を取り入れた。情報発信と同時に、リアルの場で何か有権者を動かすアクションをとる。これは成功した活用例としてテレビの特集でも評価された。 当初、「今の猪木氏を知っている若者たちには、盛り場やネットでリーチできるだろう。でも、かつての猪木ファン(プロレス)は40~50代が中心だから、あまりネットは使っていなさそうだ。どうやってメッセージを届かせようか」と良い方策を決めかねていたそうだが、実際に選挙戦がスタートし、TwitterやFacebookでどんどん情報発信していくと、見事にまんべんなく情報発信することができたという。Twitterは20代中心、そしてFacebookは30~50代が使っていたのである。Facebookの方が、より猪木氏に対してのロイヤルティが高く、「コメント」も良質で、アクセス数も伸び、正のスパイラルとなった。TwitterはFacebookと比較して、不特定多数へのリーチという点で大いに役立ったという。

さらに、その日街頭で演説したことや、有権者に言い足りなかったことを夜にFacebookにまとめる。リアルとネットで、街角で演説を聞いた人のアタマにメッセージを刷り込ませるように努めていた。

まとめ

選挙制度は衆議院と参議院で異なる。参議院の比例代表(旧全国区)と、かつてドブ板を踏むと言われた衆議院小選挙区では、ネット選挙のやり方が違って当然だ。各候補は、画一的にソーシャルメディアやホームページを立ち上げるだけでなく、エリアや自分に合ったネット選挙を見つけるべきだ。

今回の衆議院選挙について、猪木氏はFacebookでこう述べている。
「もうすぐ衆議院選挙。去年はネット選挙と騒がれたけど、火がなきゃ熱湯は沸かないぜ」

誰か、火をおこす候補者はいるのだろうか。

リアルとネットの融合は選挙スタッフの行動にも求められる。ネットで情勢を分析するリサーチャーは、デスクでのモニタリングが中心であり、選挙の現場を知らないことも多い。候補者と共に、選挙カーで走り、街頭でチラシを配り、演説風景やオフショットの写真を撮り、そして実際にソーシャルメディアでメッセージを流す。選挙は勝たなくてはならない。この一連の流れを経験し、大衆の息づかいを感じることで現実味があるネット分析・情勢分析が可能となる。

最後に、ネット選挙ではネット上で候補者と有権者が政策論争を戦わせることも期待されている。しかし、現状のような無記名式では、誹謗中傷があふれ、選挙活動中、候補者がその対応に追われてしまうことは大変なロスとなる。ひとつの解決策としては、モバイルニュースサイトのNewsPicksのような本名記名式が考えられるだろう。今後、TwitterやFacebookといったソーシャルメディアとは違うパラダイム、テクノロジーが発生し、健全な議論が行われるプラットフォームが出現することを期待したい。

(本稿は個人的見解であり、社の意見を代表したものではない)