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コラム

自分の意思で健康を手に入れる! 日本の“ヘルスリテラシー”の今とこれから

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高度情報社会と呼ばれて久しい中、医療や健康に関する情報はさまざまな手法ですぐに入手できる環境が当然の状況になっています。一方で、生活者がこれらの情報を正しく引き出し、自分の健康管理に役立てているかというと、そうとも言えないのが実情ではないでしょうか。そこで重要になるのが“ヘルスリテラシー”という概念です。

そこで今回は、ヘルスケアコミュニケーションに不可欠な“ヘルスリテラシー”をより深く理解するために、日本のヘルスリテラシー研究の第一人者、聖路加国際大学の中山和弘教授にお話を伺いました。写真①

【左から、聖路加国際大学大学院看護学研究科 中山和弘教授、電通パブリックリレーションズ ヘルスケアコミュニケーション部 プロジェクト・マネージャー 根本敦】

“ヘルスリテラシー”は自己実現のための手段

― 基本的なところからとなりますが、そもそも“ヘルスリテラシー”とはなんでしょうか。

そもそも「リテラシー」とは、letter(文字)を由来としていて、文字についての読み書きの能力を示しています。ここでいう読み書きとは、文章などから相手の伝えたいことを正しく理解し、自分の伝えたいことを文章などに正しく表現できる、「コミュニケーションに必要な知識・技能」を総称しています。OECD(経済協力開発機構)の国際成人力調査(PIAAC,2013)では、リテラシーを「社会に参加し、自らの目標を達成し、自らの知識と潜在能力を発揮させるために、書かれたテキストを理解し、評価し、利用し、これに取り組む能力」と定義づけています。

― “リテラシー”がないと、自分の能力を発揮する機会が得られないということですね。

例えとしてよく話に出すのは、パウロ・フレイレというブラジルの教育学者が発見した、かつてのブラジルの貧しい農村の人々の話です。彼らは支配層によって抑圧され、読み書きを知らされず、否定的な自己像を植え付けられ、文句も言わず過酷な労働に従事させられていました。リテラシーがないことで、自分たちが不利な状況におかれていることが理解できず、本来備わっている力を十分に発揮できなかったのです。

こうしたことからも、リテラシーは「自分が自分らしくある=自己実現」を達成するための手段や概念ととらえることができます。

同じことが「ヘルスリテラシー」にも言えます。「自分らしくあるための健康の実現」に必要な、健康や医療に関する情報を入手する能力と、それを理解し、評価し、活用(健康となるための意思決定)する能力こそ、「ヘルスリテラシー」といえます。

― 「健康の実現」という観点ではヘルスプロモーションというアプローチがありますが、ヘルスリテラシーとの違いは何でしょうか。

そもそもヘルスプロモーションという考え方は、1980年代に「大人にトップダウン的に健康教育を行っても難しい」という結論が出たことによって生まれた概念で、健康を達成するためには個人ではなく、コミュニティや集団(大きくは国や自治体など)へのアプローチが必要という考え方です。例えば、喫煙者を減らしたかったらタバコの増税をするといったルールにより、いやも応もなく健康課題に意識を向けさせる、といったことがあります。ただ、こうしたコミュニティのルールの決定には、そのコミュニティに属している個々人の意識が大きく影響するため、結局は個人の意識を変えなければいけない。そこで重要になってくるのがヘルスリテラシーです。

自身を取り巻く健康課題を個々人が正しく認識し、健康のためにはどのように意識を変容させねばならないかを自分で決定する、というヘルスリテラシーを高め、それをコミュニティにフィードバックしてコミュニティ全体の意思を変容させていく、という関わりが重要となっています。

日本が低いのか、ヨーロッパが高いのか?~ヘルスリテラシーの国際比較

― 「健康」に対する考え方について、日本人の特性などはあるのでしょうか。

 健康の決定要因は「人との関わり」だと思います。健康の実現は、単に自分のためではなく、誰かのため、他者に影響する何かしらの目標があってこそ成立します。ここで重要なのは、その目標を「自分が選択して決められているか」という点です。

現在、ヘルスリテラシーに関する国際比較の研究をしていますが、日本はヨーロッパと比較して、ヘルスリテラシーだけでなく、「自尊心」「幸福度」「満足感」なども低いという報告があります。この背景には、日本人は、自分だけの利益になるような場合は、自分のことを控えめに言うという傾向があるのではと思っています。自分より他者の利益を優先している人のほうが評価されやすいからです。この点も併せて考えると、日本人は何のために健康でありたいのか、といった目標を自分の都合だけではうまく決められていないのかもしれないと思います。これは、日本で生まれ育った日本人にはあまり認識できないのですが、日本の文化として「自分一人で意思決定する能力が重視されていない」という国民性が根付いているためと考えられます。

― 日本人のヘルスリテラシーは全世界の中でも低いのでしょうか。

結論から言うと低いですね。ヘルスリテラシーの研究を開始したころから「日本人はそれほど高くはないのでは?」と感じていましたが、実際にヨーロッパと同じスケールで日本人のヘルスリテラシーを評価してみて、その結果に私自身が驚きました。

国際比較調査で、「医師から言われたことを理解するのは」という項目があるのですが、難しいと答えた人の割合は、日本は44%程度です。この数字だけみると特に違和感はありませんが、EU(8カ国)の平均値は約15%です。比較すると大きな差ですよね。これに対して、「医師や薬剤師の指示に従うのは」といった項目では、日本とEUでそれほどの差がありません。

表に示しているのは、調査項目の中でもヘルスケアに関する項目の一部ですが、実際には、疾病予防やヘルスプロモーションに関するものなど全部で47項目あります。それらの中では、とくに「判断や意思決定をする」というアクションが日本人にとって難しい、という結果が示されています。調査全体を通して、日本人が控えめに回答している可能性も否定できませんが、日本とEUで差がない項目もいくつもあることから、全体として一定の差はあると思われます。ただし、注意が必要なのは、この結果が個人の能力のみの評価が反映されたものではなく、それぞれのアクションを起こしやすい環境があるかどうかの評価も反映されたものだということです。難しいという評価は、個人と環境の相互作用によって決まります。

 

図①

(出典:Nakayama K, et al. BMC Public Health. 2015; 15: 505.)

ヘルスリテラシー先進国オランダ

― ヘルスリテラシーの国際比較で日本の参考になる国はどこでしょうか。

ヨーロッパの中でも、オランダが各種スコアで高い結果を出しています。その理由を紐解くと、ひとつは国の教育で早くから自立して問題解決できる能力の育成に取り組んでいること。そして、情報公開が進んでいることが関係していると思われます。医療やヘルスケア関連を含む多くの情報が公開されているので、必要な情報にアクセスでき、その情報をベースに自分で意思決定をする、という文化が根付いている国と言えます。意思決定が当然の文化だからこそ、ここまで情報公開の土壌が出来上がっているともいえます。

ヘルスケアへの影響としては、例えば、オランダでは予防接種は義務化されていないですが、親は国の信頼できる情報によって予防接種の必要性を認識し、結果として高い接種率になっています。

日本でも、国の医療政策として地域包括ケアの推進が始まっていますが、もともとドイツやオランダで根付いた枠組みで、自分で選択するという文化が根付いている国で生まれたものなので、もしかすると日本にそのまま当てはめるのというのでは難しいかもしれませんね。

写真②

 

 

日本のヘルスリテラシー向上に向けて:まずは小さなコミュニティから

― オランダのようになるのは難しいですが、今後日本がヘルスリテラシーを高めていくためのヒントを教えてください。

まずは、ヘルスリテラシーの概念は普及してほしいです。少なくとも、医療従事者の教育には少しずつ入ってきているので、ちょっとずつ変わっていくのかと思います。やはり、教育が変わらないと変わらないのですが、教育をすでに受け終わった人へのアプローチも問題となります。現在の日本では、大人が学ぶ場はそこまで多くありません。健康を題材にした集まりは比較的頻繁にみられますが、そもそも健康を共通項として集まるような人でない人に対してのアプローチも大切です。こういった方々に、趣味をきっかけに集まって健康情報を提供するような動きも始まっていますので期待したいです。育児や婦人科系の悩みで困っている女性や、認知症をもつ高齢者やそのご家族へのアプローチも同様に行っていけると思います。

こういった、健康を入り口にしない集まりや地域活動も、結局はヘルスリテラシーを高めることにつなげていけるのではないかということで、「まちの保健室」や「薬局カフェ」などの「医療カフェ」、「コミュニティカフェ」といった、気軽にいろいろな方に入っていただけるような場所も次々に提供され始めています。人々のつながりが広がることで、どこかでヘルスリテラシーの高い人とつながる可能性が高まります。さらに、つながりは肥満への意識、健康行動、幸福感まで伝播させる力を持つことが明らかになっていますから、高いヘルスリテラシーが伝播していくことも期待できます。

― 患者団体の役割はいかがでしょうか。

患者さんのヘルスリテラシー向上で欠かせない存在ですね。日本は、患者会がまだ少ないと思います。欧米では、ある疾患の診断を受けた患者さんに対して、医師が患者会を紹介するくらい、患者会が活発に活動しています。あまたある情報の中には、真偽が怪しいものもあり、患者会はそのフィルター役にもなります。また、欧米のように、患者さんが情報収集や意思決定のサポートとなる「患者図書室」が病院などに設置されており、このような環境整備も大切ですね。

― ヘルスケア関連企業が果たすべき役割にはどのようなものがあるでしょうか。

患者さんの意思決定の支援や、患者さんの声を引き出すことをサポートしてほしいです。

専門家や国から流れてくる情報は「○○するな」という情報が多いのですが、これでは消費者は行動できません。「正しい情報を得た喜び」と「すぐに行動できる情報」が重要なのですが、患者さんたちが集まって情報や経験をシェアできる場、すぐに行動できる情報が提供される場が求められています。

身近な人から、生活習慣病をはじめとした重大な疾患の大変さなどを聞くと、まずその病気にならないように「予防しないと」となりますよね。そして何か不調が起きた時は、あの病気かもしれない、と早めの受診のきっかけになる。こうした健康への意識は、健康であるうちから触れておきたいものです。そのためには他の人の成功談・失敗談のシェアが大切です。もっと言うと、疾患や障害のある方が、そのことを周りに伝えやすい環境があり、周りもその方々をサポートすることが当然のこととなるような、ダイバーシティの観点を含んだ環境の整備も重要でしょう。こうした活動に率先して取り組むことや、サポートしていくことは、ヘルスケア関連企業の活動として期待されるかもしれません。

ネット上でもこうした情報や経験をシェアできるようなコミュニケーションプラットフォームのようなものに期待していますが、そもそも信頼しづらい健康情報がネット上にあふれていることがまず問題なので、ここを解決しなければなりません。アメリカでは、国立医学図書館がつくるMedlinePlus (https://www.nlm.nih.gov/medlineplus/) があって英語が分かる人は、信頼できる情報にアクセスできます。こうした中立で質が高い情報の集約を、多くの企業でサポートすることは歓迎されるでしょう。

ヘルスリテラシーの低さを補い、向上させるためのコミュニケーション

― 最後に、現在求められる“ヘルスケアコミュニケーション”の姿はどのようなものでしょうか。

ヘルスリテラシーの低さを議論するよりも、ヘルスリテラシーが低いという前提で、専門家のコミュニケーションを変えていく必要性があると思います。アメリカなどでは、薬の添付文書も小学校5年生レベルでわかるように書かれています。ヘルスリテラシーが高まることに越したことはないですが、そうはいっても国民全員のリテラシーが高まるわけではないので、ヘルスリテラシーの低い方でも理解できるよう、信頼できる情報を分かりやすく伝えていくことが大切ですね。こうした姿勢でのコミュニケーションから、ヘルスリテラシーの底上げへの貢献に期待しています。

 

 


 

写真③

中山和弘教授(聖路加国際大学大学院看護学研究科看護情報学分野)

東京大学医学部保健学科卒業、東京大学大学院医学系研究科博士課程(保健学専攻)修了。日本学術振興会特別研究員(PD)、国立精神・神経センター精神保健研究所流動研究員、東京都立大学人文学部社会福祉学科助手、愛知県立看護大学助教授を経て現職。専門は保健医療社会学、看護情報学。研究テーマは、ヘルスリテラシー、意思決定支援、ヘルスコミュニケーション、ヘルスプロモーション。著書に『ヘルスリテラシー―健康教育の新しいキーワード』(大修館書店)、『患者中心の意思決定支援―納得して決めるためのケア』(中央法規出版)、『市民のための健康情報学入門』(放送大学教育振興会)など。