新型インフルエンザと日本企業の説明責任


- 齋藤哲男
- 社団法人 日本在外企業協会 業務部長
- 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科 教授
今回の新型インフルエンザは、世界中に感染が拡大し、日本国内でも感染者が増加している状況だが、見方によれば各国の衛生当局の努力によって、蔓延拡大をある程度食い止めているともいえる。これもひとえに近年のインターネットを軸としたIT通信技術の発達により、情報の伝達と共有がグローバルレベルで迅速かつ正確におこなわれるようになった結果であろう。とはいえ、グローバルに事業展開をおこなっている企業にとっては、この新型インフルエンザ問題は世界中に配置された企業グループにとって全拠点での対応が求められる、まさにグローバルイシューとなっている。
今回、メキシコから新型インフルエンザ発生の第一報がもたらされてからの、日本企業の関心は海外に派遣されている駐在員とその家族に対する対策をどうするかということが緊急の課題であったように見受けられる。もちろん駐在員の安全への配慮は重要であるが、同時に忘れてはならないのが企業の社会的責任である。企業の社会的責任の中でも最も重要なもののひとつに、「企業の存続責任」つまり「事業の継続責任」がある。
事業内容が社会インフラを支える事業に近ければ近いほどその社会的責任は重くなるが、どのような事業であっても、
基本的には事業の継続計画(BCP)を前提とした対応が求められる。
日本企業の海外関連会社が本当の意味で現地化して自立的な事業経営が出来ていれば、日本人駐在員が一時引揚げてもさほど事業運営に支障をきたすことはないかもしれないが、各社の実態は、現地人経営層への権限委譲を含めて、経営の現地化があまり進んでいないというのが正直なところではないだろうか。
そのような場合、日本人経営層の現地からの引き揚げは、事業継続の観点からも、より慎重な判断が必要になる。
現地の社会環境や治安状況、そして経営の現地化の度合い等にもよるが、その判断は、自社の都合や論理ではなく、当該企業がもっている現地社会での社会的使命や社会的責任によって、あくまでも社会的な関係での判断が求められる。
新型インフルエンザの一時的流行に対処するという目先のことだけでなく、社会的存在である企業として、現地社会への影響に配慮し、事業継続責任という視野を持ちながら今回のイシューを捉えるべきであろう。
仮に、一部でも日本人駐在員を引き揚げさせることになった場合、引き揚げにあたって重要なことは、現地での説明責任である。
一部であっても日本人だけが帰国する理由について、現地の人々に納得してもらうことが必要となる。
日本人を標的にしたテロや誘拐であれば、難を逃れるための日本への緊急避難も現地の人々の理解を得るのは比較的容易かもしれないが、
新型インフルエンザのような疾病の場合には現地人従業員も日本人派遣者も罹患の可能性においては同じ状況にある。もし、日本人だけが引き揚げるにあたって、困難な説明を避けるために、
単に「本社の命令だから」と言って済ませてしまいたいと思う気持ちが起きるかもしれないが、これは最もつたない。駐在員本人および会社全体の信頼を失わせる行為となってしまう。本社の言うなりで説明もできない駐在員、
日本人だけを引き揚げさせ、現地従業員への配慮をしない無責任な会社となってしまう。駐在員を引き揚げさせるにしても、なぜ本社がそのような命令を出しているのかの具体的かつ現地の人々が納得できる説明が必要である。
本社側も、帰国命令を出すにあたっては、その命令の根拠となる背景説明を現地に十分伝える必要がある。一時でも職場を離れるにあたっては、それなりに人々に納得してもらう説明責任を果たさねばならない。説明責任なくしては信頼できる人的・組織的関係は保てないこと、
説明責任なくしてはその後の円滑な事業継続もままならなくなることを肝に銘じておかなければならない。
企業はどこで経済活動を行うにしても、今回のグローバルイシューとなった新型インフルエンザへの対処も含め、それぞれの現地における社会との関係に配慮してはじめて、
誰もがその一員となりたくなるような社会的存在として、尊敬に値する真のグローバル企業になりうるのではないだろうか。



