うたかた思考

牧口 征弘

牧口 征弘
(代表取締役社長執行役員)

日々浮かんでは消えていく思いや考え。仕事の糧になるものもあれば、そうでないものも。
どう活かすかは自分次第なのかもしれません。

未完の傑作

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 屋内に閉じ籠っていることが多い期間に、「漱石文学全集」(集英社刊)を読破しました。奥付を見てみると昭和57年から翌58年にかけて刊行されたもので、西暦で言うと、1982~83年です。自身の年齢では、15~16歳あたりですね。中学から高校に上がる時期。今となっては自分にそんな時代があったなんて信じがたいです。

さて、それはそれとして。今まで引っ越しをする度に、いろんな本を泣く泣く整理してきました。間違って手放して、あとで古本屋にて買い直したものとかもありました。そういった年月を経ても、この全集は何とか生き延びてきていました。

今回数十年ぶりに読み返してみて、既に読んでいるはずの各作品が、当時とは異なる形で響いてきました。中には、読んだ記憶すらないものもありましたが。

子供の頃に印象に刻まれている作品では、やっぱり「坊っちゃん」や「吾輩は猫である」になります。加えて、「三四郎」や「草枕」等、有名どころが続きます。でも、当時のお気に入りは、実は「虞美人草」。絢爛豪華な言葉遣いと文章に魅了されたものです。この作品は、1984年にTBSでドラマ化されていて、それはそれで楽しめました。古手川祐子さん演じる主人公は、原作よりも柔らかい印象でしたけど。

その「虞美人草」を今読んでみると、小説としての粗っぽさを感じつつも依然として楽しめた、というのが感想です。文豪の作品を評して「粗っぽい」とは僭越至極ですが、読者の特権としてお許しください。加齢によって、受け止め方も変わってくるものです。

今も昔も変わらない力を持っていると感じたのは、「草枕」。冒頭の一節からのリズム感と言ったら、まさに「声に出して読みたい日本語」by齋藤孝先生。この作品に限らず、漱石の文章は、音楽的な要素も多分に含まれているのだと感じざるを得ません。

 では、全十巻を読み通してみて、今回最も感銘を受けた作品はどれか。それは、絶筆「明暗」です。作家としての創作活動の、まさに到達地点と呼ぶにふさわしく、他の作品と比べて完成度が頭一つ抜けています。少なくとも、私はそう感じました。もしかしたら、全作品を執筆順に読んできたので、そういう評価になっているのかもしれません。

 惜しむらくは、この「明暗」が未完であることです。漱石は作品の構想を頭に抱えながら、この世を去ってしまいました。しかも、小説の展開としては、何とも気持たせな箇所で途絶えているのです。ここからどうなっていくのか、作家は何を考えていたのか。読者は永遠の謎に封じ込められてしまいました。

しかし、また同時に、作家も永遠に書き続けているのかもしません。ああでもない、こうでもないと。

 

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。