うたかた思考

牧口 征弘

牧口 征弘
(代表取締役社長執行役員)

日々浮かんでは消えていく思いや考え。仕事の糧になるものもあれば、そうでないものも。
どう活かすかは自分次第なのかもしれません。

神との邂逅

印刷

SHARE

  • Facebook
  • Twitter
  • Tumblr
  • Linked In
  • Mail

Blog

 

 

 小柄なイタリア人風の男と、そのパートナーとおぼしき金髪の女性がエレベーターに駆け込んできた。閉まりかけたドアを半ば強引に遮るように。せっかちな日本人の例に漏れず、私はその時こう思った。次のエレベーターを待てばいいのに。

 しかし、次の瞬間、背後に異様なオーラを感じた。その男の顔をはっきりと見たわけではないが、全身で彼が何者であるかを感知した。時は2005年10月某日、場所はローマのフィウミチーノ空港。そして、その男は誰あろう、ディエゴ・アルマンド・マラドーナだった。

 恐る恐る首を回す私の眼と最初に合ったのは、クラウディア夫人の眼(当時、既に元夫人なのに、なにゆえか同行)。彼女の眼はこう語る。「あら、あなた気づいちゃったのね。そうよ、ディエゴよ」

 あぁ、何てことだ。生きているうちにこんなことが起こるとは。1982年のスペインワールドカップで衝撃のデビューを飾って以来、サッカーファンのみならず、世界中の人々の間で伝説と化している人物と、たった3人きりでエレベーターに同乗しているなんて。しかも、彼は、私にサッカーの醍醐味(だいごみ)を教えてくれた人物なのだ。

 首から下は一瞬軽い金縛り状態だったとはいえ、辛うじて彼の方を向き、辛うじて声をかけ、辛うじて握手をしてもらう。その間、永遠のような数秒。あとは、エレベーターを降りる彼の背中をぼうぜんと見送るしかなかった。

 さてさて、この興奮、この思いを、誰と共有したらいいのか。その時、一人で旅をしていた自分は、ただただ右往左往するばかり。まずは家人に電話するものの、日本時間午前2時ということもあり、ぼんやりした反応。荷物チェックの空港職員に話してみると、「あぁ、何かテレビ番組の収録に来てたみたいだね」と、イタリア人とは思えない低体温なコメント。やむなく、翌日の月曜日にロンドンの同僚に勢い込んで話をしてみたところ、「あっ、そう。でも彼は自分で自分のキャリアを台無しにしたよね」と、完全にシャットアウト。なにゆえ?

 その理由は、ちょっと考えてみればすぐに分かることでした。あの神の手ゴールを決められた被害者は、他でもないイングランド代表チーム。マラドーナ信者にとっての伝説の試合は、イングランド人にとっては悪夢でしかなかったのだと。

 それでもチャーリー(当時の同僚の実名)、君に今、あえて再びこう言いたい。ディエゴ・アルマンド・マラドーナは、紛れもなくサッカーの神なのだ。君の信じる神とは違ったとしてもね。

 謹んで、ご冥福をお祈りいたします。

 

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。