うたかた思考

牧口 征弘

牧口 征弘
(代表取締役社長執行役員)

日々浮かんでは消えていく思いや考え。仕事の糧になるものもあれば、そうでないものも。
どう活かすかは自分次第なのかもしれません。

普通の意味

印刷

SHARE

  • Facebook
  • Twitter
  • Tumblr
  • Linked In
  • Mail

Blog

 

 「普通においしい」「普通に面白い」「普通にかわいい」というような、「普通」の使い方が最近急に、かつ妙に気になるようになってしまいました。基本的には褒め言葉なのでしょうが、それにしても「普通」とは。ずば抜けてどうこうということでもなく、ものすごくということでもなく。ましてや、「普通にすごい」とか言われてしまっては、頭が混乱するばかり。はてさて、どう考えたらいいものやら。

 そもそも「普通」って何だろう、というところから始めたいと思います。デジタル大辞泉によると、名詞としての「普通」は、「特に変わっていないこと。ごくありふれたものであること。それがあたりまえであること」となっています。

 一方、副詞としての意味は、「1 たいてい。通常。一般に」とのことですが、「2 (「に」を伴って)俗に、とても」とあります。どうやらこれですね。加えて、「『普通におもしろかった』のように、称賛するほどではないが期待以上の結果だったという意味合いで、肯定的な表現と組み合わせて2000年代から用いられるようになった」とも書いてあります。

 ますます分からなくなってきました。果たして、どれぐらいの褒め具合なのか。「驚愕(きょうがく)の」とか「一生記憶に刻まれるほどの」ではないことは確かです。だからといって、「それほどでもない」ということでもなさそうです。そこで参照してみたいのが、「日常」という言葉の感覚です。

 文字通り「普通」に日々暮らしていて起きる、感情や気分の動きまたは振れ幅。その範囲内に収まるかどうかが、ここで言う「普通」の定義になるかもしれません。場合によっては、その範囲をちょっとだけ超えるかもしれませんが、大体において期待に沿う「順目」な評価。それが「普通に○○」という表現に落ち着いているのではないかと。

 いつも通る道の反対側を通ってみたら良さげな店を見つけたとか、通勤途中に散歩中のかわいい犬と目が合ったとか、そんな日常に起きるちょっとした喜びぐらいのポジティブ反応。「普通に○○」ということだけで、これだけ余計なことを考えてしまいました。

 奇をてらったり、工夫し過ぎて破綻したり、などということは決してなく、やるべきことを淡々とやった先に、「普通に○○」という声が出る。それはそれで、十二分な褒め言葉だと思います。しかも、そういったものこそ息長く持続するものではないかとも思います。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。