うたかた思考

牧口 征弘

牧口 征弘
(代表取締役社長執行役員)

日々浮かんでは消えていく思いや考え。仕事の糧になるものもあれば、そうでないものも。
どう活かすかは自分次第なのかもしれません。

人間主体

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 テクノロジーの進展は人間を幸福にするか。ということを、折に触れ考えることがあります。結論としては、幸福にする、であり、幸福にしなければならない、だと思います。

 そんな前提を敷きながら、話題の書『スマホ脳』を読んでみました。詳しい内容は割愛しますが、スマホと人間との関係を分析した本です。

 集中力の欠如、短期記憶の減退、感情のコントロールの困難化。これらは、この本の中で指摘されている、スマホが人間に与える影響の一部です。なるほど。自分にもかなり当てはまることばかり。何も加齢のせいだけではなさそうですね。

 そうはいっても。今やスマホ無しの生活など、にわかには考えにくいのも事実です。それだけテクノロジーは、我々の生活の根幹部分を担っているということです。いまさら指摘するまでもないことながら。

 だからこそ、最初の問いに戻るわけです。テクノロジーと人間の関係性です。一番大事なのは、主従で言えば、あくまで人間が主でありテクノロジーが従であるということです。逆では決してないです。もっと言うと、そうであってはならないと思います。なぜなら、テクノロジーの生みの親は人間だからです。

 ところが、そういう頭で世の中をぼんやりと眺めてみると、人間が従になっている場面にかなり遭遇します。先日も、私の目の前で、自転車が子どもをはねました。自転車を走らせていた若い男性は、明らかにスマホをいじりながら、しかもヘッドホンで何かを聞きながら、交差点に入っていきました。大声で泣く子どもの母親と思しき女性は「ごめんなさい」と平謝り。それに対して、自転車の男はペコリと頭を下げるだけで、一言も発せずに走り去っていきました。果たして、これは私たちが望む社会のありようなのでしょうか?

 何もそんな大げさな話ではないし、別にスマホがすべて悪いわけではない。その通りです。でも、人間は主か従か、という問いは、静かに持ち続けていきたいものです。

 とか何とか考えながら、スマホを買い換えてみました。いい機会なので、新しい端末との付き合い方を変えてみようかと思っています。まずは、受信メールの確認頻度を下げるところから。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。